2019年3月 2日 (土)

ある離婚事件の哀しい後日談

永年弁護士をやっていると,ずっと前に関わった事件の後日談を聞くこともあります。今回は,ある離婚事件のお話。

 S県の名家の長男Xさんに嫁いだY子さん,姑との折り合いが悪く,追い出されるような形で別居開始。離婚を求められ,家裁の調停,訴訟を経て,高裁で和解離婚が成立。

 それから10年,突然元姑から「Xが亡くなった,すぐに来て欲しい。」と電話がありました。

A子さんが駆けつけると,元姑は,「Xのことを友人に知らせたい。連絡先はXが使っていたこのスマホに全部が入っている。6桁の暗証番号が必要だと言われ,何回か試したがうまくいかない。あなたの誕生日とか結婚記念日とかもダメだった。10回間違えると,スマホが爆発するときいておそろしくなった。なんとか,このスマホを明けて貰えないか。」という。

 そのスマホは「パスコードの入力に10回失敗するとすべてのデータが消去されます。」という設定になっており,爆発するというのは大げさですが,データが飛んでしまうという点では効果は同じ。

 そこでA子さん,昔を思い出して「この数字かも」と入力すると,すぐにロック解除が出来ました。

 元姑には,感謝され,さらに「離婚後Xは,再婚話が来ても全部断り,一人暮らしを続け,誰にも看取られることなく亡くなった。やっぱりあなたの事が好きだったのね。無理矢理別れさせるんじゃなかった。40代で亡くなるなんて。」とさめざめと泣かれたそうです。

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2018年12月 3日 (月)

<誤振込事件>#14. <脱線4>時効,休眠口座

(1) 10年以上,取引なし

 花子さんのお話では,夫・埼玉太郎さんの遺産については10年以上前にすべての相続手続が終わっていて,本件口座のことは通帳もないし全然知らなかったとのこと。そうすると,本件口座については,10年以上全く取引がなかったことは明らかです。

        (2) 消滅時効

 普通預金について,預金者は銀行に対して債権(預金を返してもらう権利)をもっていますが,銀行に対して5年間払戻請求等の権利を行使しないと,時効が成立し,預金債権は時効で消滅します。その場合銀行側では,普通預金の残高を全額銀行が没収し,口座自体を閉鎖してしまっても,法律上何の問題もありません。もしも,D銀行が本件口座を閉鎖してくれていたら,「D銀行d支店 普通預金 口座番号****122」なんて存在しないわけですから,該当口座なしで,250万円はA子さんのもとに戻っていたはずです。

しかし実際には,5年間放置されていたからと言って,残高没収・口座閉鎖してしまう銀行はありません。銀行側が消滅時効を援用しないで,権利を認めて自ら払戻に応じるのは自由です。D銀行も同様に,時効消滅したはずの預金を,そのままにしておいたのです。残念。

        (3) 休眠口座,りそな銀行の例

 時効とは別に,長期間利用されない口座は休眠口座,睡眠口座などと呼ばれ,銀行ごとに特別な扱いがなされています。10年以上放置されている普通預金は,合計すると年間何百億円もあるとか。

 この休眠口座の扱いについて,一番シビアなのがりそな銀行。そのホームページから,ご紹介しましょう。りそな銀行では,20182月,休眠口座が未利用口座に改称されました。

●未利用口座管理手数料の取扱について…200441日以降に新規開設いただいた普通預金口座に未利用口座管理手数料を適用させていただいております。

●最後のお預入れまたは払戻し(該当普通預金のお利息の元本への組入れおよび未利用口座管理手数料の引落しは除きます)から2年以上,一度もお預入れまたは払戻しがない普通預金口座を未利用口座としてお取扱いします。

●未利用口座となり,該当口座の残高が1万円未満である場合は,手数料として年間1,200(別途消費税)をご負担いただきます。

●残高不足等により手数料のお引落しが出来ない場合,口座は自動的に解約となります。なお,ご負担いただいた未利用口座管理手数料のご返却,およびご解約させていただいた口座の再利用には応じかねます。

 本件口座は太郎さん本人も忘れていたくらいですから,残高は多分1万円以下。りそな銀行なら,とっくに自動解約になって消滅したはず。

 りそな銀行以外でも,10年ぐらい(銀行によって異なる)放置されている口座は「休眠口座」なり,銀行から解約等を促す通知が発送されますが,転居等で通知には気付かないままでいると,口座は強制解約になって,口座残高は銀行の雑益になる,という扱いをする銀行が多かった(201711月当時は)そうです。

でもD銀行は(さいたま)りそな銀行に非ず,本件口座を休眠口座扱いにもしなかったのです。残念。

        (4) 「休眠預金等活用法」

 本件では関係ないのですが,休眠口座に関しては,20181月に「休眠預金等活用法」が施行されました。

 この法律ができる前は,銀行や商品により休眠預金となる年数が違っていたのですが,施行後は「200911日以降の取引から10年以上,その後引がない預金を休眠預金とする」と統一されました。対象となる商品は,普通預金,定期預金,貯金,定期積金などです。

 詳しくは 金融庁のホームページ

https://www.fsa.go.jp/policy/kyuminyokin/kyuminyokin.html

をご覧下さい。

 ただ,この法律やその説明を読んでも,本件口座が休眠預金となった場合に,「D銀行d支店 普通預金 口座番号****122」という普通預金口座がどうなるのか,振込み先として使えるのかどうかは,わかりませんでした。ネットには,休眠預金と同じ口座番号で復活させることもできるという記述もあったので,振込みが受け付けられてしまう可能性は残ってしまうかもしれません。

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2018年12月 2日 (日)

<誤振込事件>#13. 仮差押えの担保取消し

(1) 民訴法の定め

 誤振込み金250万円は戻って来ましたが,仮差押えのときに供託した50万円(担保)を取戻してA子さんに返す手続が残っています。

この担保というのは,万一仮差押えが間違っていたことが後でわかったときに,誤った仮差押えによって債務者に生じた損害を50万円の中からとってもらうためのお金です。

 50万円の取戻しには,裁判所の「担保取消し決定」が必要になり,担保が取り消される理由としては,民事保全法45項・民訴法79条が,以下の3つの場合を用意しています。

1項<勝訴等>「担保を立てた者が担保の事由が消滅したこと」・・・債権者が本案訴訟で全部勝訴してその判決が確定した場合がこれに当たります。仮差押えに間違いはなかったことが明らかだからです。

2項<同意>「担保を立てた者が担保の取消しについて担保権利者の同意を得たこと」・・・債務者が同意した場合。仮差押えが,正しいかどうかに関係なく,債務者が良いよと言っているので。

3項<権利催告>「訴訟の完結後,裁判所が,担保を立てた者の申立てにより,担保権利者に対し,一定の期間内にその権利を行使すべき旨を催告し,担保権利者がその行使をしないときは,担保の取消しについて担保権利者の同意があったものとみなす。」・・・損害があるなら申し出てくださいという催告をして期間内に申し出がない場合のことです。

(2) 担保取消し決定申立

 本件では完全勝訴の確定判決があるので,もちろん第1項に当たると思って第1項に基づいて担保取消し申立書を出しました。

 同時に仮差押えの取下書も提出したのですが,その際,保全部のご指導にしたがい,二つの書面を追加しました。

 「取下書訂正申立書」:取下書の当事者目録の債務者欄の住所・氏名を,

「さいたま市・・・,債務者 埼玉太郎」から「宇都宮市・・・,債務者 亡埼玉太郎承継人 埼玉花子」に訂正しました。

 「上申書」:債務者埼玉太郎が10年以上前に死亡していることを記載し,取下書の送達先を「宇都宮市・・・,債務者 亡埼玉太郎承継人 埼玉花子」とされるようお願いしました。

(3) 担保取消しの根拠,1号か3号か

保全部の受付では,さらに「死者を債務者とする保全命令の効力は相続人には及ばない」ことを前提にして,保全処分と確定判決は別物ではないかという疑問が示され,「第3項の権利催告ではなく1項で行くというのなら,その理由を示した上申書を出してください。」と言われました。

 そこで,私は下記のとおり意見をまとめ,参考資料を添付した上申書を出しました。以下,誤振込み先の銀行口座を「本件口座」,債権者・原告をA,仮差押えの債務者をT(太郎),Tの相続人・本案の被告をH(花子)とします。

  • <理由その1~被保全権利,仮差押え事件の被保全権利の訴訟物と,勝訴した案事件の訴訟物が同一であること>

 仮差押えの被保全権利の訴訟物は,Tに対する不当利得返還請求権であり,本案の訴訟物はHに対する不当利得返還請求権です。いずれも,不当利得の内容は,201711月にAが誤って本件口座に振込み送金してしまったことにより生じたもので,Aが本件口座の権利者に対して有する金250万円の不当利得返還請求権です。

 T2005年に死亡しているので,誤振込み時の本件口座の権利者はHであり,たまたまTという実在しない人間の名前で表示されているだけであって,不当利得返還の義務者Hという人間であることに間違いありません。

 従って,仮差押え事件の被保全権利は「TことHに対する不当利得返還請求権」と読み替えることができ,本案訴訟の訴訟物と同一であると言えます

  • <理由その2~保全の必要性。保全の必要性に関しTHでは事情が異なる点は問題にならないこと>

 保全の必要性に関しては,THとでは,支払能力等の事情が個別に異なるので,債務者Tに対する仮差押えは,Hに対して当然に効力を有するわけではありません。

 しかしこの点について,「仮差押え・仮処分の必要性の問題は,本案訴訟では審理判断されないから,本案判決で勝訴しても,その必要性のなかった場合がありうるし,仮差押え・仮処分の当時は被保全権利がなかったが本案訴訟の口頭弁論終結の時までに債権者がその権利を取得した場合もありうるので,損害賠償債権の発生の可能性が絶無であるとはいえないが,保全の必要性の有無は,保全命令に対する異議などにより解決されるべき事項であり,被保全権利の当初からの存否については,担保権利者(仮差押え・仮処分債務者)からその不存在という特段の事情を主張させることとして,一応担保の事由が消滅したと解するのが相当である」(『コンメンタール民事訴訟法Ⅰ 第2版』2006年日本評論社,96頁)とされていますので,本件においてHに関する保全の必要性が判断されなかった点は,担保取消しを否定する根拠とはなりません。

(4) 決定,返還

 その後2週間ほどして保全部において申立どおりの(1項による)担保取消し決定,供託原因消滅証明が出され,法務局において供託した50万円(+利息400円)の払い渡しを受け,50万円をA子さんに振込みました。

 さあ,これで仮差押え事件の後片付けも終わり,誤振込みに気付いてから約9ヶ月でやっと誤振込み事件は完全に終了しました。

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2018年12月 1日 (土)

<誤振込事件>#12. <脱線3>死者に対する仮差押えの効力は相続人に及ぶか

(1) 仮差押えの効力

 D銀行の言っていた「別物の仮差押え」の問題です。

 本件の仮差押え決定は,太郎さんの対する債権(=被保全債権)を保全するため(太郎さんにはめぼしい財産はなく,確定判決を得るまでにこの財産が処分されると困るから)太郎さんのもの(=差押えるべき物)である本件預金(=差押え債権)を仮に差押えるというものです。仮差押えの結果,太郎さんはその預金を引き出せなくなり,D銀行がうっかり太郎さんからの払い戻し要求に応じて250万円を払ってしまった場合,あとで太郎さんに対する確定判決に基づいて債権者(=A子さん)が強制執行してきた場合には,D銀行は250万円を別途用意して債権者に支払わなければならず,二重払いをする羽目になります。

(2) 原則債務者にしか及ばない

 仮差押えにはこのような効力がありますが,この効力は理論上債務者(=太郎さん)以外の人には及びません。そもそも,A子さんが誤振込みをした201711月時点では,もう太郎さんは亡くなっているのですから,死者(存在しない人)を債務者とする仮差押えは,無効です。ですから,花子さんは,本件預金は自分のものだということを証明して250万円の払戻をうけることができ,それを阻止するためには,もう一度花子さんを債務者とする仮差押えを別途取り直す必要が出てきます。

(3) 相続人にはどうか

では,本件のように花子さんが太郎さんの唯一の相続人であった場合には,どうでしょうか。

この問題は,死者を相手方とする裁判の問題として論じられている問題です。通常の訴訟では,死者を被告として訴えが提起された場合,死者の相続人が実質上の被告であり,単に被告の表示を誤ったにすぎない(有効な訴訟係属がある)として取り扱われます(大審院昭和11311日判決)。

本件の仮差押えも同様に債務者・花子さんとする仮差押えと同様に扱われるのでしょうか。・・・・答えはノーです。

すぐにわかることは,(仮差押えの被保全権利については太郎さんの債務と花子さんの債務は同一ですが)保全の必要性については,太郎さんと花子さんでは事情が違うということです。例えば,花子さんが実家から相続した自宅不動産を所有していてその価値が高い場合には,預金の仮差押えはできません。本件仮差押えでは花子さんについて保全の必要性の有無が判断されていないのですから,花子さんには効力が及ぶはずがありません。

また,同様に仮差押えの効力が問題になった事案で,「本件仮差押えのうち,亡○○を債務者とする部分は,当時既に死亡していた同人を債務者としてなされたものであるから,無効であり,その相続人らに対する関係においては効力を有しないものと判断する。・・・・したがって,死者に対する保全命令は原則どおり命令の効力は相続人に及ばず,債権者は,相続人に対して再度の申立てをするしかないと解すべきである。」という判例(福岡高裁平成18718日。判例タイムズ1226154頁)があります。ただ,この判例は,仮差押えの時効中断効に関するものなので,この判例に基づいてすべての場面で「及ばない」と言い切れるかどうかは,わかりません。

(4) 相続人に及ばないなら・・・

このように,理論上は太郎さんに対する仮差押えは無効,花子さんに対しては再度申立が必要(預金はフリーの状態)ということになりそうですが,実際にはどうなのでしょうか。上記のとおり,判例は時効に関するものしかありませんし。そこで,以下のような疑問がわいてきます。

1)本執行での取立に際して,仮差押えの取下げは不可欠であったのか。

2)判決確定前に,花子さんから250万円を引き出したいと言われたら,D銀行は応じたであろうか。

3)D銀行がこれに応じないで,花子さんから預金請求事件が起きた場合,裁判所は認めるだろうか。

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2018年11月29日 (木)

<誤振込事件>#11. 強制執行(債権差押え,取立)

確定判決に基づいて強制執行の申立。被告に対する債務名義(花子は原告に対し250万円を支払えという確定判決)で,被告名義の財産(花子名義の不動産,動産,預金など。ここでは,埼玉太郎さんから相続したD銀行の普通預金のうちの250万円)を差押える旨の命令を裁判所に出してもらい,一定期間経過後,D銀行から直接払い戻しを受けるという手続きです。

申立先の執行裁判所は宇都宮地方裁判所(民事執行法144条。債務者=被告住所地)。

ここでまた,本件口座の持ち主・埼玉太郎さんが死亡していて,現在は埼玉花子さんのものであることを証明するために,太郎さんの生まれてから死ぬまでの全戸籍を提出しました。花子さんに対する確定判決で差押えができるのは,花子さん名義の財産だけ。太郎さん名義の財産は差押え出来ませんので,本件預金が花子さんのものであること(相続による名義書換が済んでいないだけ)ことを示す資料が必要になるのです。

差押え命令が出てからしばらくして,D銀行の弁護士から電話。「本件預金については,埼玉太郎さんを債務者とする仮差押えがなされているので,このままでは,払い出しができません。」とのこと。「え? 今回の本差押えと,前回の仮差押えは,同じものでしょう? どうして?」と不思議に思って問い返したら,D銀行側からは「債務者が異なるので,別物です。」との返事。さっそく,仮差押えの取下げの手続をとり,その後D銀行から送られて来た書類を持って,虎の門支店の窓口に行き250万円の現金を受け取ってきました。

判決から約2ヶ月,誤振込みに気付いてから約8ヶ月でやっと誤振込み金がA子さんの手元に戻りました。

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2018年11月28日 (水)

<誤振込事件>#10. 訴訟

(1) 訴状,請求の趣旨 

準備も整い,埼玉花子さんを被告とする250万円の不当利得返還請求事件の訴状を地裁に提出しました。

訴状の「請求の趣旨」には,

1)被告は原告に対し,250万円を支払え。

2)訴訟費用は原告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求める。

と書きました。

他の訴訟でよくある「訴状送達の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による」遅延損害金は請求せず,訴訟費用についても「原告の負担とする」旨の判決を求めました。実は,花子さんが電話で「訴えてやる」と言っていたので,振込み金額250万円以外は一切支払い義務が生じないようにして,1円たりとも損害賠償請求権が発生しないようにしたのです。

後で弁護士仲間に聞いたら「訴訟費用は原告の負担とする」という請求の趣旨は,被告に迷惑をかけたくないときによくみられるそうです。

訴訟費用として,印紙18,000円,郵券(切手)6,000円分を納めました。

(2) 被告花子さんの反応

しばらくして,花子さんから私の事務所に怒りの電話,「本物の弁護士さんだったんですね。何も悪いことしていないのに,被告と呼ばれるなんて!私はもう巻き込まれたくありません。」(ガチャッ!)。

「全くもって迷惑な話ですよね。ほんとに申しわけありません。」と心の中で唱えました。

(3) 判決

訴訟第1回期日に,被告は答弁書も出さず欠席でしたので,1週間後,判決言い渡し(いわゆる欠席判決)

1)被告は原告に対し250万円を支払え。

2)訴訟費用は原告の負担とする。

3)この判決は仮に執行することができる。

という訴状のとおりの内容。

花子さんに判決が送達されて二週間が経過して,判決確定。

誤振込みに気付いてから,確定判決を得るまでに約半年かかりました。

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2018年11月27日 (火)

<誤振込事件>#9. <脱線2>債権者代位権を利用しD銀行も被告に

(1) 管轄の問題,和解の期待

 東京地裁で裁判をしたいということもあって,債権者代位権(民法423条)を使ってD銀行を被告に加えることにしました。民訴法の規定では,管轄裁判所は宇都宮地裁(第41項・被告住所地)あるいは横浜地裁(第51号,義務履行地→持参債務→原告住所地)になってしまいます。東京地裁なら,私の事務所から歩いて10分で行けるので,時間と費用の節約のため,東京都千代田区に本店のあるD銀行にも被告に入っていただきました。

 それに,うまく花子さんとD銀行の全員が一堂に会して和解ができれば,250万円の組戻しの同意,銀行からの支払い,仮差押えの担保の取消しなど,全部の手続が一度にできるかもしれないと期待しておりました。

(2) 民法の定める制度

 さてここで,債権者代位権(民法423条)について説明します。

 民法423条は,「債権者は,自己の債権を保全するため必要があるときは,債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。」と定めており,本件で言えば,債権者A子さんは,自己の債権(埼玉花子に対する不当利得返還請求権)を保全するため,債務者(埼玉花子)に属する権利(D銀行に対する250万円の普通預金債権)を債務者に代わって行使して,250万円を引き出してこれをA子さんの懐に入れることができるのです。

 請求の趣旨は,「被告D銀行は,原告に対し,250万円を,原告の被告埼玉花子に対する250万円の金員の限度で支払え。」になるそうです。最初は単に「支払え」と書いていたのですが,裁判所からのご指導によりこのように訴状を訂正しました。

(3) 債権者代位権の無資力要件

債権者代位権を使うといっても,他人の預金を勝手におろすわけですから「保全するため」という特別の要件が必要になり,他にろくな財産がないこと=債務者の無資力を主張・立証する必要があります。

 A子さんも私も花子さんのことは何も知らないので,無資力かどうか本当はわからないのですが,自宅が花子さんの名義ではないことや,「うちにはね,お金なんか全然ないんだから」という花子さんのセリフを引用して,訴状には「だから被告は無資力だ。」と記載しました。

(4) 無資力要件不要説

また,そもそも本件は特定物債権類似の「価値返還請求権(価値のレイ ヴィンディカチオ=『B工務店御中 A邸工事代金』と書かれた封筒に入った250万円の札束がそのまま埼玉太郎さんの金庫にあるので,それを封筒ごと取戻そうというような請求権)の代位行使であり,特定物に関する債権を保全するために代位権を行使する場合には,債務者が無資力である必要はない(大判明4376民録16-537等)とするいわゆる転用型の法理の類推も主張しました。

(5) D銀行,裁判所の冷たい反応

東京地裁で訴状の受付がなされ,被告らに送達がなされましたが,果たして,D銀行はどう出るか・・・・

案の定D銀行の弁護士は,答弁書で「本件訴えの却下を求める。」とガンガン責め立ててきます。「原告の債権は金銭債権だから,無資力要件は不可欠だ」,「無資力要件の主張・立証責任は原告にある」,「被告花子が,無資力だという点について証拠がない」と。

第一回期日に花子さんは欠席で,原告の請求通りに判決が出る見通しになったので,裁判官も「原告さん,D銀行の分は取り下げてはいかがですか。」とおっしゃる。でも私,上記「価値のレイ ヴィンディカチオ」理論について学問的興味があったので,

私「いえ,取下げません。裁判所のご判断をお願いします。」というと,

裁判官「ご判断と言ってもねえ,無資力についてはこれからどのように立証していくのですか。」,

私「本件では無資力要件は必要ないと考えます。仮に,必要だとしても,これまでに出した書面と,甲号証で立証十分と考えます。なにしろ,私はこの耳で,被告本人から『うちにはお金なんか全然ない』と聞いたのですから。是非ご判断を。」と答えましたが,裁判官の顔には<誤振込み金が特定物債権だとか言っているのは一部の学説だけ。最高裁は認めてない。金がないという発言だって無資力という意味じゃありませんよ,振り込め詐欺撃退のセリフですよ。>と書いてありました。

(6) 結局,被告D銀行分は訴え取下げ

先が見えてしまったので,「被告花子さんたちに判決の送達がなされ,確定したら取り下げる」ことになりました。

1ヶ月後,被告花子さんたちの判決が確定して,D銀行に対する訴えを取り下げました。ほんとは,理論的興味はあったのですがねえ。意味の無い判決(いずれにせよA子さんは250万円を回収できるから)を書くのは,裁判官もやっぱりイヤですよね(笑)。

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2018年11月26日 (月)

<誤振込事件>#8. 訴訟準備,相続関係調査

 埼玉花子さんにはどうしても信じてもらえないので,訴訟を起こすことにしました。さすがに裁判所から呼び出し状が来れば,信じてもらえるでしょう。

訴訟物は不当利得返還請求権。(A子さんの口座から出た)250万円が,何の法律上の原因(支払い義務)もないのに本件口座に振り込まれたので,本件口座の権利者に対しA子さんに返すように求めるもの。原告はA子さん,被告は埼玉太郎さんが亡くなっているので埼玉太郎さんの相続人全員になります。埼玉花子さんの住民票から,本籍を調べ,戸籍謄本(戸籍全部事項証明書),除籍謄本,改製原戸籍等,埼玉太郎さんの出生から死亡まで全ての戸籍類を取り寄せ,相続人は奥さん(埼玉花子さん)一人であることがわかりました。

戸籍類の提出書類が揃い,訴状提出。誤振込み事件発生から約4ヶ月。

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2018年11月25日 (日)

<誤振込事件>#7. 埼玉太郎さんの所在調査

(1) 債務者行方不明

 仮差押え命令は第三債務者D銀行に送達されて効力が生じたのでひと安心。

しかし,債務者・埼玉太郎さんには送達できず,連絡をとるべく住所地を訪ねましたがそこには住んでおらず,住民票の除票がないかどうか調べても該当者なしでした。住民票の除票の保存期間は転居後5年であるため,以前にそこに住んでいたとしても5年以上前に転居していた場合には,「該当者なし」の扱いになってしまい除票もとれず,したがって,本籍不明→戸籍とれない→戸籍の附票もとれないということになります。これで,弁護士の資格でできる埼玉太郎さんの住所の探索方法はなくなってしまいました。

(2) 公示送達はどうか?

 相手方の現住所がわからない場合に,裁判手続きに乗せて回収する方法としては,埼玉太郎さんを被告とする訴訟提起→公示送達→欠席判決→強制執行(誤振込み先の預金を差押え,取り立て)があります。送達(民訴法98条以下)というのは,被告の住所宛に書類を送る手続きのことを言い,通常は「特別送達」という超強力な書留郵便が利用されます。訴状に書いてある被告の住所に郵便が届かない場合には,当然送達ができませんので,そこから先の手続きに進むことができません。そこで民事訴訟法は,できる限りの調査をしても郵便物の宛先がわからない場合に,公示送達(民訴法110113条)という方法を用意しています。裁判所の出入り口付近の掲示板に貼り出したり,官報等に掲示したりして,2週間経過すると,送達ができたことになり,普通に訴訟が始まります。被告は知らないのに,被告に訴状等が届いているものと扱われますので,欠席裁判となって,通常は原告の希望通りの判決が出ることになります。

誤振込み金の回収について,訴訟を起こして公示送達を利用するのが費用もかからず確実な方法であるという話は,後で先輩の弁護士に聞いて知ったのですが,当時の私はそのような方法は思いつきませんでした。

(3) 興信所による転居先調査

公示送達は思いつかず,とにかく埼玉太郎さんを探して任意交渉で解決したいと思っていたので,興信所に頼んで費用をかけて埼玉太郎さんの行方,転居先を探してもらうことにしました。費用は,二桁万円。

その結果・・・さすがプロ! 

依頼して1週間で埼玉太郎さん一家の転居先がわかりました。調査員は,埼玉太郎さんが15年前に家族とともに栃木県●●一丁目23号に転居したこととその電話番号を突き止め,直接埼玉太郎さん宅を訪ねてくれました。そこでは埼玉太郎さんの奥さんと思しき女性が出てきて「太郎は10年以上前に亡くなりました。」と言われたそうです。その住まいの登記を調べたら,第三者の名前になっていたそうです。

(4) 振り込め詐欺に間違えられやむなく訴訟に

さっそく私の方から埼玉さんの自宅に電話。誤振込みの事情を説明して,組戻しに必要な書類をお送りするので返送して欲しい,迷惑料をお支払いするつもりだと自分としては丁寧にお願いしたつもりなのですが,「あんた,振り込め詐欺でしょ! 太郎の相続は10年以上前に終わっているんです。D銀行になんか太郎の預金はありませんよ。うちにはね,お金なんか全然ないんだから,うまいこと言ってだまそうったって,そうはいかないわよ!」と凄い剣幕,さらに,「さっき,興信所を名乗る怪しい男が尋ねて来たので,もう警察にも届けてある。あんたのことも訴えてやるから。」と怒鳴られてしまいました。お手紙を出したいのでお名前だけでも教えていただけないかと,やっと「埼玉花子」であることを聞き出せましたが,それでおしまい。

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2018年11月24日 (土)

<誤振込事件>#6. 仮差押え

 債務者の住所,氏名がわかったので,債権仮差押えの申立書(正確には,先に申立ててあった債権仮差押え命令申立書の当事者目録の訂正申立書)を提出しました。

 申立先は,東京地方裁判所。保全命令事件の管轄裁判所は,本案の管轄裁判所又は仮に差押えるべき物の所在地を管轄する地方裁判所。本案は,被告住所地=さいたま地裁,持参債務・原告住所地=横浜地裁になるのですが,物の所在地・第三債務者の住所地→本店所在地東京でも良いので,東京地裁にしました(民事保全法121項,4項)。

同時に,保全の必要性の疎明資料として,埼玉太郎さんの住所の不動産の登記簿謄本(全部事項証明書。埼玉太郎さん名義でないこと)も提出しました。

 裁判官と面接して,担保が50万円に決まり,これを供託して,「第三債務者(D銀行)は,債務者(埼玉太郎)に対し,仮差押えにかかる債務の支払をしてはならない。」という仮差押え決定をもらいました。

 誤振込み事件発生から約2ヶ月。

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